H.ヴォルフ《隠棲(Verborgenheit)

歌曲に全生涯を捧げた19世紀の作曲家フーゴー・ヴォルフ(Hugo Wolf)の代表作の一つ《隠棲(Verborgenheit)》は、世の中の喧騒から一歩距離を置き、静かな内面に身を置こうとする詩に基づいて書かれた歌曲です。

音楽は終始、抑制された表情を保ちながら進みます。旋律は歌としての流れを持ちつつ、伴奏は和声や動きを変化させながら進行し、半音階的なフレーズを中心に全体の雰囲気を形づくっています。甘美になりすぎず、また、伴奏は前に出ることなく内側へ向かう時間を静かに支えています。

詩の中間部では、語り手の心情に変化が生まれます。ここで表れるのは春の到来を待つ静かな希望や、前向きな意志です🌸。音楽もこの部分を中心に緊張を高め、内に秘められていた感情が一時的に爆発します。

この歌曲は、季節にたとえるならば、冬から春へ移り変わる頃、ちょうど「立春」の時期によく重なります。自然の中では少しずつ芽吹き🌱が始まっていても、心はまだ内にとどまっているような感覚を、この作品は見事に映し出しています。

歌唱において重要なのは、集中力を保ちながら母音を大きく広げすぎず、子音も立てすぎないことです。全体を一つの呼吸の流れの中でまとめていくことが、この歌曲にふさわしい洗練につながります。

決して派手な作品ではありませんが、近現代ドイツリートへの入口として、取り組む価値の高い歌曲と言えるでしょう。

Deutsch(原詩)日本語訳(喜多尾道冬)
Lass, o Welt, o lass mich sein!Locket nicht mit Liebesgaben,Lasst dies Herz alleine habenSeine Wonne, seine Pein!ああ、世の人よ、私にかまうな!贈りものなどで私の気を引かないでくれ、この心をそっとしておいてほしい、そのよろこびも、その苦しみも!
Was ich traue, weiß ich nicht,Es ist unbekanntes Wehe;Immerdar durch Tränen seheIch der Sonne liebes Licht.なにが悲しいのか、それはわからない、それはわけのわからぬ悲しみなのだ。私はいつも涙を流して明るい日の光を仰ぎ見るのだ。
Oft bin ich mir kaum bewusst,Und die helle Freude zücketDurch die Schwere, so mich drücket,Wonniglich in meiner Brust.ときには自分の見知らぬ間に、ほがらかなよろこびがひとすじあれほど苦痛でしかれていた私の心を悦ばせて解き放つ。

一世を風靡し、近年表舞台から退いたドイツの名メゾソプラノ、Waltraud Meier(ワルトラウト・マイヤー)の歌唱より⇩

◇ ◇ ◇

※本ドイツリート談話シリーズでは、季節性を踏まえ、後期ロマン派から近現代のドイツリートを中心に楽曲を抜粋して紹介しています。

過去ログ:Blog & SNS / カテゴリー:ドイツリート談話|季節編

高橋華子|Hanako Takahashi

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です